流山稲門会

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カテゴリ:散策会( 31 )


2017年 05月 08日

第8回世界盆栽大会 in さいたま(第80回散策会)

               1963 教育 中川紀子

2019年4月28日

第80回 散策会  メイン会場 1:さいたまスーパーアリーナ

午後1時 さいたま新都心駅集合、12名

10年前 第28回散策会での盆栽村以来2度目の大宮である。改札口を出た時から、そこはもうBONSAI大会一色の熱気、人の波、海外愛好家が多い。

駅前デッキには葛飾北斎作神奈川沖浪裏“を模した巨大なインスタレイション。波頭は無数の白い花々、大波に翻弄される船べりにしがみつく人々はカブ、小松菜、直立した舟にはなぜか深谷ネギ、大胆にしてユーモラス。地産野菜の晴れ舞台となっている。

入場券購入も1時間待ちとあって、先ずは各自長蛇の列の短か目レストランへ。世話人榎本さんはセブンイレブンのおにぎりとは。

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          山本・松井・石橋・奥野・飯田(奥様)・飯田

           西田・秋田谷・菅原・中川・榎本  
                       (敬称略):カメラ(漆野)

2時  12名全員入場できたところで解散、散策開始ならぬ戦闘開始?入り口正面人山で何も見えない、辛うじて「飛龍」の名札が目に入った。

盆栽の歴史:  通路両側の写真と解説を見ながら進む。1300年前中国の壁画に登場に始まり、9,10世紀日本へ渡来。17世紀にはすでに三代将軍家光遺愛の松が残る。江戸後期庶民へと広がり、三代目歌川豊国の浮世絵には艶やかな女たちと盆栽が美を競う。

明治時代:  親愛なる大隈重信公のコレクションの写真、すごい!知らなかった!今回

出品盆栽は「黒松の直幹」。これで稲門会とBONSAI見事にリンクしました。

      

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                   (大隈重信コレクション)
    

   時代やや下りポートレイトは岩崎弥之助。出品盆栽は「いわしで」    

  その下ポートレイトは石油王、中野忠太郎。出品盆栽「日暮らし」

(現存する名品中の名品、我が祖父の遺作の一つである。サブ会場の大宮盆栽美術館に

展示、今回6年振りの公開、と新聞で知った。上記中野、岩崎らパトロンをそして商品の3000余の盆栽を一夜にして失った。あの敗戦から5年後祖父は昇天。陛下の主治医村山先生に脈を執られつつ。誠に稀な美男でもあった。)

「特別展 1」皇居の盆栽:  樹齢500年、600年など素晴しい献上名品も最高の管理の下今日を迎えている。しかし、人垣に阻まれ残念、菊のご紋章の琉球焼きの鉢という声が聞こえたのみ。

「特別展 2」  :  人波におされ 大きな蝦夷松の寄植の前に出られた。NHKや日テレのカメラマンたちも隅っこで立ち往生。そう、来客ファースト!

同展〆の一席 黒松 「鶴寿」に吸い寄せられた。懐かしい。


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                (原爆に耐えた鶴寿)

豪快な立ち上がり、風雪に耐えた木肌、荒々しくも、なお、この静謐。名札「山木 靖雄」、もしや広島の山木 勝氏の?ご子息だった。東西の栽界にあって、共に堂々たる体躯、錦松、黒松等の豪快な樹種を好んだお父上と私の父は盟友でもあった。広島市己斐町で被爆、夫人の背には無数のガラス片が残る。とは、父に連れられ山木園に遊んだ若き日の姉たちの土産話にしてはあまりに痛ましいエピソード。心から離れることはなかった。しかし、感傷に浸るまもなく 立て札発見、「原爆に耐えた黒松」、更に、盆栽に寄り添うように、カラフルな絵本、“Tree for Peace ”も展示されている。黒松の種はアメリカに贈られたとのこと。実生が根を張り、青々と茂るblack pine の葉の上に二度と再びblack rain の降り注ぐことなかれと祈らずにはいられない。出品者は千葉大園芸学部卒、広島県議会議員でもあられる。

300席の盆栽水石展はスルーッと見て、ビデオ「世界のBONSAI紀行」8分間 の映像を楽しむ。ヨーロッパ、南北アメリカ、と世界中の盆栽のレベルの高さに感動する。ラテン諸国の耀さ、東南アジアのマングローブ,ブーゲンビリアなど、ニュージーランドやオーストラリアはどう見ても日本盆栽。意外というか、当然か、盆栽発祥の地中国のそれは明らかに日本盆栽とは異なる表情。。。。全くの主観かもしれないが。

           以下、2日目は 中川氏の個人見学

                  ↓

付記: 第2日目 in さいたま

昨日来られなかったサブ会場の盆栽美術館で「日暮らし」をこの眼に焼き付けておくこと、それと前回散策の折、蔓青園加藤三郎氏から紹介された「神の木」その後を知りたかったから。

あっ、「神の木」が無いっ!此処まで来ないと気付かないとは!呆れて物が言えない。でも散策記を書こう。そこいら中に貼られたポスター、パンフ、握り締めてた入場券、すべてにプリントされている今大会のシンボルBONSAIでした! 彼の時の荒ぶる神は加藤氏のワザの下、華麗なる進化を遂げ、銘「飛龍」、樹齢もやや若返り、1000年。


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                   (昇天の龍)

更にもうひとつ、祖父の愛弟子の孫、阿部大樹さんという若き盆栽作家に会うため。

大宮ではなく福島在住のため、福島テレビが追っていた。師匠の教え、「売ろうと思って

作るな」は三代目に至る現在も家訓として守られている。と初対面の私たちに語る大樹さんの涼やかな瞳にあかるい未来を見た。世界のBONSAI人気に比べ、好況とは思われない日本の業界にあって、ベルギーなどEU諸国においても阿部さんは活躍されている。

最後に、世話人の榎本さんに深くお礼申し上げます。度重なる下見に加え、膝痛の私を南柏出発から終始やさしくエスコートして下さいました。流石はハーバードの修士、この長ったらしい個人情報満載の散策記をエー、長けりゃ長いほどいいんです。と。励まして下さいました。私、鎮痛剤Sを服用して二年ほどになりました。薬剤師に副作用を尋ねたところ、稀に錯乱状態、とのこと。種々不具合、薬害ゆえ・・・・・

                                     (完)

(写真集)

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(平安時代 遣唐使により日本へ伝わる)
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(江戸時代後期 庶民に広まる)
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(小学校の出展)
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                   (大宮盆栽村)


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by tnagareyama | 2017-05-08 14:08 | 散策会 | Comments(0)
2017年 04月 11日

アンデルセン公園散策(第79回)


第79回 散策記(アンデルセン公園)


(64年商卒 山本 正紀)


3月31日()天気予報は18時以降雨との予想。


天気を気にしながら、アンデルセン公園バス停で降り北ゲートに向かう。


ゲート横の駐車場は車が満杯。園内は混雑しているのではないかと心配しながら改札口に向かう。改札に入る前に参加者全員の集合写真を撮る。


参加者全員が年齢を証明するものを提示し入場料なしで公園に入場する。入場した時点で次の事項について連絡。


公園内は広域であり団体行動をとるのは無理があると思われる。集合時間に北ゲートに集合して貰いたい。集合時間に間に合わない等の場合は各自の判断で帰路につくこと。

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写真(敬称略) 


前列 村岡夫人、工藤、菅原、


後列 高森、村岡、勝山夫人、石橋、勝山、榎本、鈴木、秋田谷


入口を入ると大阪万博公園にある「太陽の塔」に似た、岡本太郎の「平和を呼


ぶ」像があり、桜並木が続く。桜は花芽が少し色づく程度で花見をするには時期尚早であった。


「ワンパク王国」を横目に見ながら「自然体験ゾーン」に入る。


「自然体験ゾーン」は、広葉樹が主体となっており散策路が林の中をめぐるように配置されていた。ところどころに新しく設置されたと思われるベンチが配置されていた。自然体験ゾーンから田んぼや湿地がある「里山の水辺」ゾーンに下る。「自然体験ゾーン」と「里山の水辺」とも春未だしの感があり。「自然体験ゾーン」の広葉樹の木々は、新芽が萌え始めたばかりで樹々の根本は落葉が一面を覆っていた。里山の田圃は稲株が枯れたまま、「ため池」は水草が生えていない状況であったが「自然体験ゾーン」は新緑の時期や紅葉の時期は一見の価値があるのではないかといた思われる。


この2つのゾーンでは他の散策者をほとんど見かけず、我が散策会のみが散策していた。


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「里山の水辺」から「花の城ゾーン」「メルヘンの丘ゾーン」に向かう途中路はボート池の端と接し、池には数隻のボートが出ていた。またボート池の上にアーチ状の「太陽の橋」と呼ばれる橋が架かっており印象に残る景色であった。


「花の城ゾーン」「メルヘンの丘ゾーン」は色鮮やかな花を寄せ植えした鉢が数多く整然と配列されていた。


途中でぽつりと雨が落ちて来る。


「メルヘンの丘ゾーン」にある「コミュニティセンター」に立ち寄る頃には小雨状態になる。



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「コミュニティセンター」を出てから「メルヘンゾーン」と「ワンパク王国」をつなぐ「太陽の橋」を渡るメンバー、「童話館」に立ち寄るメンバー等があり、数人ごとに自由行動となった。 


私たちのグループは「レストハウス・メルヘン」で喫茶の後「ワンパク王国」を経由して集合場所に向かう。入場時満杯であった駐車場も数台が駐車しているだけになっていた。


3時50分頃集合場所に早く帰られた2名を除き全員が揃ったので予定より20分ほど早く帰路についた。


今回の散策会は桜の開花が遅れておりつぼみも固いまま。途中から雨になるなど残念な散策会であった。


以上




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by tnagareyama | 2017-04-11 09:23 | 散策会 | Comments(0)
2016年 12月 26日

忘年散策記(第78回暮れの上野界隈)

                              1959年 政経卒 奥野 靖三

 時の経つのは早いもので一昨日に師走に入った。そして昨日、本年の納めとなる忘年散策会が行われた。行き先は上野周辺地区である。今回の散策目的の主たるテーマは①文化芸術に触れる②伝統的な日本の美味な食文化を味わう③日々変わりゆく東京の都市景観に接するという趣向を凝らした企画で幹事さんの素晴らしい着想に基づくユニークなものとなった。しかも歩く距離は程よいもので疲労を感じることもないものであった。
 JR柏駅に集合時刻の9:50に参加者全員18名が参集し10時前発の電車に乗り上野駅公園口に10:25到着。改札を出ると通常時よりも多い人出である。ご承知の如く上野公園一帯には複数の博物館、美術館や動物園、寺社仏閣があり都内有数の行楽地であり、この日は好天に恵まれたことと折からの紅葉も加わり東京文化会館前から動物園方向に向かう道路は沢山の老若男女で溢れていた。われわれ一行は直ぐ右手にある国立西洋美術館入口に行く。本年夏、ル・コルビジェが設計した17の建造物が創造性と斬新な景観に富む近代建築と都市計画に値するものとして世界文化遺産に指定された。国立西洋美術館はこのうちの一つで本邦唯一のものでもあり駅周辺には世界遺産になった祝いの小旗も多く掲げられていた。
 
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  巨匠コルビジェには3人の日本人の弟子がいるが、その一人に吉阪隆正がいる。彼は小生の早稲田在学時に理工学部建築学科の有名教授で、モダニズムの建築デザインによる日本建築界のリーダーの一人であった。吉阪教授の活動範囲は多岐に亘り冒険家、登山家でもあり早稲田隊を率いてアラスカのマッキンリー遠征を行った方である。という訳で西洋美術館は早稲田との繋がりもある。この建物は階上への誘導にスロープを、明かり採りに自然光を取り入れる天窓を採用するなど昭和34年の竣工当時評判のデザインだった。
 
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常設の収蔵美術品は近代西洋絵画と彫刻から成る旧松方コレクションを主体とし、近代絵画の発端となった具象的手法による宗教画、モネ、ゴッホ、ルノアールなどの印象派・後期印象派の作品、現代アートに繋がるキュビスムやフォービスムのピカソ、ドラン、ルオーなどの作品、ロダンの彫刻作品等々が余裕のある空間に展示されていて他の国内美術館も含めた入館者で混み合う企画展と違いゆっくりと鑑賞できる。更に有難いことには65歳以上のシニア料金は無料だった。私は東京都美術館は第3水曜日に限りシニアは無料で入館できることは知っていたが、西洋美術館は常設展については常時シニアについて無料になるとは知らなかったので今後大いに利用したい。約50分の各自フリー鑑賞の後,館外に出てロダンの「考える人」像の前に一同集まり記念写真を撮る。雲一つない青空と太陽に明るく照らされて黄金色に輝く黄葉の大きな銀杏の樹をバックに顔を揃えての写真撮影となった。
 
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  この後は上野東照宮の境内脇にある江戸中期創業の江戸前うなぎの老舗・伊豆栄梅川亭での昼食となる。二階の座敷に通されてテーブルに腰を落ち着け、中川さんの発声による乾杯、そして2番目のテーマである伝統和食の代表とも言えるうな重を味わう。
 
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少し濃い目のたれの味付けで美味しく食も進んだ。お腹を満たした次は今回の最後の訪れ場所となる2K540へと桜開花時は花見客で埋まる桜並木の公園内メイン道路を歩み、西郷像下からは中央通りに出て日本橋方向に向かう。途中、上野広小路を過ぎて間もなくの旧上野黒門町に店を構えるどら焼きなど和菓子で有名な老舗の「うさぎや」に立ち寄り、希望者はお土産を購入した。この後、近くの信号場所で中央通りを横断し山手線のガード脇に出てガードに沿って秋葉原方面に歩を進める。程なくして2K540に着いた。
 2K540とは正式名称が「2K540 AKI-OKA ARTISAN」という。秋葉原と御徒町の間の山手線・京浜東北線の高架下に設けられたJR東日本都市開発が運営する商業施設で、工房を兼ねたショップ、ギャラリー、アトリエ、カフェ等約50店舗がある。この付近が東京駅から2,540メートル離れた距離にあるのでこの数字が冠されている。ガード下は従来倉庫や駐車場として使われていたが、美観上劣り街の賑わいにも寄与しないことより一新して集客できるスポットに生まれ変わらした。
  この街づくりのコンセプトは商品をただ販売するだけでなく、「ものづくり」を実見したり、体験もできる職人的なクリエーターによる店舗を出店させて特色のある地域にするということである。
よって、ここには瀟洒な店構えの店舗が宝飾品、アクセサリー、皮革製品、ガラス器、メガネ枠などを扱う。2010年10月に開業し2011年中にはほぼ現在の姿になり、今では人気スポットともなり訪れる人も多くなっている由である。各自興味のある店舗を覗くことにし、ここで本日の散策会は解散した。
 今回の忘年散策会は小春日和のような暑くも寒くもない天気の下、心地よく散策し一級芸術作品の鑑賞、美味な食事の摂食、特色ある製品のウィンドウショッピングを愉しみ満足して帰宅した。行程をアレンジして下さった漆野さんに感謝して擱筆する。
 
(写真集)                        
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by tnagareyama | 2016-12-26 14:44 | 散策会 | Comments(0)
2016年 11月 10日

佐倉(第77回)散策記

                                      川口 清 (1963年法学部卒)

 統計によると11月3日「文化の日」の晴れの確率は70%とのことであるが、今年も朝方までの雨が止んで、快晴、散策日和となった。今回の参加者は総勢15名で飯田さんの奥様が紅一点のご参加。予定時刻に目的地に到着して、散策を開始した。

1.佐倉順天堂記念館
 順天堂病院の発祥の地であり、安政6年(1859年)に新築された建物の一部が残っており、千葉県指定史跡となっている。
 西洋医学を進んで取り入れようとした佐倉藩主堀田正睦が江戸から蘭学医の佐藤泰然を 招いて開業したとのことである。関所の入口のような門をくぐると玄関があり、すぐに昔の町医者のような畳敷きの待合室があり懐かしい。
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・手術道具の7点セット
  骨を切断する骨鋸、弾薬など異物を除去する摘出器、 
高温で血管を焼き止血する銘鉄が陳列されており、明治初期までは麻酔なしで施術されていたとのこと。助手が患者の身体を押えながら手術をしている絵が掲載されており、迫力十分であった。

・病治定
  治療に関する料金表が額に掲載されていた。白内障、乳がん、痔その他の病気など手術の料金一覧表は、保険制度に慣れている我々現代人には新鮮であり、興味深い。(写真は病治定めの一部)
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・後継者の選定
  初代の泰然は優秀な弟子である尚中を養子にし、後継者とした。実子を後継者とすることにこだわらず、有能な人物を選んだ進歩的な選択は順天堂の発展する一要因になったと言われている。ちなみに尚中の時代に東京にも進出し順天堂医院を開業している。  

2.旧堀田邸・さくら庭園
 佐倉順天堂記念館から、のどかな郊外を歩いて20分ほどで到着、玄関前
 で記念撮影)
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(写真 敬称略)
            村岡、飯田夫人、近藤、青山、榎本、秋田谷、奈良、飯田
               松井、河合、西田、川口、石橋、牛島、

 佐倉藩11万石の最後の藩主堀田正倫の邸宅であり、明治23年に竣工、伝統的な和風様式で平成18年に国指定重要文化財に指定。一方庭園も高崎川や対岸台地を借景にし、芝を中心に松や百日紅、梅などの樹木や景石や灯篭を配し、平成27年に国の名勝に指定されている。大河ドラマやTVのロケにも使用されている。
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  居間棟の1階から2階に登る階段は極めて急角度であるが、手すりはなく、ご当主家族、使用人などはよほど足腰がしかっりしていたのだろうと感心した。今回は特別公開期間中で普段は非公開の書斎棟や居間棟2階を見学することができ大変幸運であった。(写真は2階から庭園を見た景観) 
  
3.甚大寺の墓所
  旧堀田邸から歩いて10分ほどで到着。佐倉藩堀田家の菩提寺であり、木立の中に眠る下記三公他累代の墓所を見学した。(県指定文化財)
  ①堀田正俊(まさとし)公
   春日野局の養子となり、5代将軍綱吉の時に大老
  ②堀田正睦(まさよし)公
   学問を奨励し、順天堂を開業させる。筆頭老中となりハリスと日米修好通商条約締結に奔走。
  ③堀田正倫(まさとも)公
   最後の藩主で維新後は伯爵となり華族に列せられる。堀田邸を竣工

 見学後20分ほど、「時代まつり」の幟がはためき、歴史と風格を感じる街道を歩いて京成佐倉駅に戻った。
 今回の散策は日本の医療の先駆けとなった順天堂の誕生や日本開国に向けて奔走した老中堀田正睦や堀田一族の歴史を肌で知る有意義かつ貴重な散策となった。
  最後に散策の企画と道中種々お心配りを頂いた世話人に感謝したい。

以上
 
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by tnagareyama | 2016-11-10 13:33 | 散策会 | Comments(0)
2016年 06月 04日

横浜の海を眺める散策会

 今回6月3日の第76回散策会は横浜です、散策会としては意外ですが初訪問地です。総勢11名、山本(正)、秋田谷、菅原、石橋、嶋沢、村岡、鈴木(一)、小山、小笠原、笠井(敬称略)、そして世話人の榎本さんです、横浜への車内は健康談義で花が咲き、医者には早く行くこと、眼医者なら井上眼科との結論になりました。横浜中華街駅には11時過ぎに到着し、アメリカ山公園付近の大仏次郎記念館、神奈川近代文学館、旧イギリス公使館、外人墓地などを元気にめぐりました。
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 急な坂道をガンガン歩いたのにみんな元気、これから山下公園に行き氷川丸(竣工昭和5年、総トン数11.622トン、船客定員289名)を見に行こうとの話になりました。全員余力たっぷりですがその秘密はこの写真にあります。実は横浜中華街駅からエスカレーターで地上改札口をでてすぐアメリカ山公園公園がある5階までエレベーターがあり合計10階分以上が一気に登れてしまい、非常に楽なんです。
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氷川丸の一等船室食堂で記念撮影、ここのカレーライスは日本で初めて福神漬けを添えたそうで、乗船していた人の土産話になり、口コミで広まり、あの氷川丸がやっているならと「カレーライスには福神漬け」が日本中に広まったそうです。
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これはホグホーンで濃霧の時の安全装置です、どんな音がしたのでしょうか。
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この部屋は一等特別室のリビング、チャプリンなどが利用したそうです、写真にはありませんがその他寝室、バス、そしてこの写真のリビングと合計3室があります。
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少し疲れたのでデッキで休憩
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更にアッパーデッキに上ると大桟橋には飛鳥Ⅱ
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そしてその左手には『横浜三塔』のうちキングとクイーンが見えます。
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時間は?と時計をみればもうじき1時です、さすがにみなさんお腹が空き、中華街へダッシュ
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今回のお店は大新園、焼きワンタンが隠れた名物だそうです、美味しい食事とビールで乾杯!
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(写真をよく見るとビールのラベルに横浜づくりの文字が見えます)
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これで終わりかと思いきやもう一品出てきてビックリ、世話役の榎本さんがよく行かれるそうですがビールがついて2000円は安い、榎本さんご配慮ありがとうございました。
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次は中華街を散歩して記念写真、修学旅行の学生さんに撮影をお願いしました、いいアングルです、名カメラマンにサンキュウ!
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ここで現地解散、私は餃子の皮が欲しくて永楽製麺所を探したのですが閉店していたのでガッカリ、代わりに『鵬天閣』の焼き小籠包『龍翔』の焼き豚などをお土産に購入しました。さて帰宅と時刻表を見ると横浜駅から上野・東京ラインに乗るが一番早いのでこれを利用して帰宅しました。なんとも早くて快適、天候にも恵まれいい一日でした。
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                                1972年 教育学部卒 笠井敏晴
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by tnagareyama | 2016-06-04 13:30 | 散策会 | Comments(0)
2016年 05月 04日

西新井大師散策記(第75回散策会)


          村岡芳彦(1969年教卒)

 流山稲門会に入会して丸2年、どの同好会に入ろうか考えあぐねていたが、散策会に入ることにしたのは漆野さんの優しい口調に惹かれたからだ。
 初参加なので少し早く集合場所に行こうと家を出たが、柏駅には既に多くの方が参集していた。定刻の12時52分常磐線上野行に乗車。北千住から東武スカイツリーラインに乗り換え西新井へ。西新井から西新井大師までは約2分。 乗った途端に着いたようで、散策記を書くにあたり振り返ってみたが大師線の印象は殆ど残っていない。 
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 世話役の榎本さんの案内で正門から本堂に向かった。門まで並ぶお店は数カ月前の旅番組で見た光景と同じで歴史を感じるものであった。天気もよくこれで牡丹の花や芍薬の花が見頃であれば最高だなと期待しつつ總持寺の門をくぐった。 ん・ん・?? 門をくぐって見えた牡丹園は、咲いた花を探すのに暫くかかった。目に入ったのは花を切った痕と鮮やかな葉であったのだ。同時に牡丹の種類を書いた白い看板が大きく目立って見えた。
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 瞬間・私は頭を切り替えた‥‥今回の目的は花見ではない。弘法大師「空海」が開創した真言宗豊山派のお寺を訪れたのだ‥と。 出発の時に頂いたお寺のパンフレットには「厄除祈願の好日は1年365日」とあった。途端に私は西新井大師は厄除大師であるということを思い出した。
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        漆野・奥野・鈴木(一)・西田・嶋沢・松岡・牛島・徳竹・村岡・秋田谷
                  小島・菅原     山本(正)・榎本・高森

  同時に 最近私に起こった二つの出来事が頭を横切った。
一つは、昨年の流山市の大腸がんの検診で大腸がんが発見され、腹腔鏡手術を受けた事。癌を除去したのが3月9日。(人生初めての病気であり手術である)。
二つ目は、2日前の4月29日 借りている駐車場での出来事。運転席のドアを開けた途端 強風に煽られドアで隣の車を傷つけてしまったこと。(ここ10年以上 無事故無違反の実力)。 近いうち厄払いをしなければ‥ と思っていたところであった。お大師様が今日という日を私に与えてくれたのだと思い、心をこめて祈願した。
 見学後の解散会のビールの味は格別であった。散策会の目的はこの瞬間であると私なりに解釈した。初参加であったが十分楽しんだ1日であった。
                    
(写真集)

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by tnagareyama | 2016-05-04 10:00 | 散策会 | Comments(3)
2016年 04月 11日

権現堂堤散策記(第74回散策会)

                                 山本正紀(1964年商卒)

  東武アーバンライナーの柏駅で12時23分大宮行きに乗車。春日部駅で南栗橋行き急行に乗り換える。幸手に13時30分ころ到着。臨時バス乗り場に行く。
  臨時バス乗り場で案内人から「道路が渋滞してバスがいつ来るか分からない。またバスに乗っても目的地までどのくらい時間がかかるか分からない。徒歩で30分位、タクシーでは裏道を走るので10分程度」との説明があり。一行のうち3人がタクシーで、残り7名は徒歩で権現堂まで行くことにする。
 権現堂へ向かう途中の町並みは「本陣跡」の説明板と電信柱に旧日光街道の標識および町の規模に比して和菓子屋が多くみられるのが幸手宿の名残といえる。またところどころに徒歩者用の休憩所が用意されていた。
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  堤の桜はほぼ満開に近い状況で、樹齢60年の桜の花が堤全体を埋め尽くし、あたかもピンク色の霞がかかっているようになっていた。
  堤は関東有数の花見場所と言われるだけに、多くの花見客で行き交うのも気遣うほどであった。
  権現堂堤と中川の間は菜の花畑となっており、桜のピンクと菜の花の黄色が見事なコントラストを描いていた。景色は残念ながら文書に表す能力がありませんのでご容赦のほど。
  堤の下は、全国から取り寄せられたと思われる桜が種類と産地を表した札が掛けられていた。またシートを敷いて花見酒とか食事をしているグループも相当数いた。
 
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 反対側では「たこやき」「やきそば」「飴細工」「バナナ・チョコ」等の昔懐かしい屋台が多く出店されており多くの客で混雑していた。
 堤の途中で明治時代の画家結城某が描いた巡礼母娘の石碑と供養塔が建てられていた。碑には、今は廃川となり跡形もない権現堂川の氾濫のために人柱になったと巡礼母娘のことが解説されていた。更に最先端まで行くと明治天皇が東北巡幸の際、築堤工事の視察をしたとの石碑が建てられていた。
 午後3時過ぎに往路と同じように徒歩で幸手駅まで行く。   
                                                 以上
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by tnagareyama | 2016-04-11 13:21 | 散策会 | Comments(0)
2015年 12月 15日

旧吉田家散策(第73回散策会)

                              土屋みゆき(1973年教育卒)

 12月6日、9時40分 つくばエクスプレス柏たなか駅に集合。参加者11名。
 駅前で1時間に2本しかない柏駅西口行きのバスを待った。前方に筑波山が見えた。初冬の風が冷たい。
 バスに乗ること数分、花野井神社に着いた。そこからあまり整備されていない道を通って旧吉田家住居歴史公園に向かう。2004年に柏市に寄贈され、修理工事の後、2009年に公園として一般公開されたものである。
 
建物は風格を持ち、豪商でもあり豪農でもある吉田家の性格が色濃く反映された造りとなっている。1831年に建てられた長さ25mの長屋門をくぐると正面に主屋がある。
 広い土間を有しており天井は煙を逃がすための吹き抜けになっている。太い松の木の梁が印象的。土間を上がるとミセと呼ばれる帳場座敷があった。穀物商でもあり醸造家でもあった商人としての生活がうかがわれる場所である。
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 主屋から渡り廊下を通って書院に向かう。主屋と同じ1854年に建てられたというが主屋とは全く異なった雰囲気を持っている。3方向に縁側を置く設計で、吉田邸の中では唯一開放的な空間であった。座敷を取り囲む欅の回廊が美しい。木目が全て中央に置かれ細かい部分へのこだわりが感じられた。
 主屋は野田の職人、書院は柏の職人の手によるものという。江戸時代の建築物で長い年月を経ているにもかかわらず寸分の狂いもなく現存している住居、材質もさることながら当時の職人の腕の確かさにお驚きを禁じえない。
 
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生活様式の全く違う現代においては、この様な住居を建てる機会はないと思われる。そしてなによりも、この様な技術を持つ職人は居ないであろう。
 時間が止まっているかの様な不思議な空間であった。
一つの時代の最高の作品として、これからもずっと保存していってほしいと思った。
                                 (完)
(ドローン空撮)
http://former-yoshida.jp/2015/06/23/news-2/

(写真集)                             
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                      ↑ (近くの長泉寺)
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         ↑ 参加者(漆野・秋田谷・嶋沢・榎本・河合・土屋・近藤・西田・山本・奥野・北原)

(忘年会:柏駅西口「穏香(おだやか)」
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by tnagareyama | 2015-12-15 16:21 | 散策会 | Comments(0)
2015年 10月 05日

第72回散策会散策記(2015年10月3日)

(手児奈ゆかりの弘法寺・手児奈霊神堂とじゅん菜池緑地散策)
                    山本 正紀(64年商卒)
 参加メンバー10名,JR市川駅に13時50分頃到着。
 市川駅から3分ほど歩き国道を横断し、左折するとすぐに、弘法寺と彫られた石柱があり旧参道に入る。旧参道を10分ほど歩き、京成電鉄の線路を超えると弘法寺の山門への石段が聳えるように見えてくる。
 弘法寺の近くに小さな朱塗りの橋があり、万葉集に詠われた「真間の継橋」についての説明と万葉歌2首が記載されていた。また奥の万葉歌碑には高橋蟲麻呂の「足の音せず 行かむ駒もが 葛飾の 真間の継橋 やまず通はむ」が刻まれていた。
 弘法寺山門の急な石段を上る。石段では高校生と思われる学生十数名がトレーニングのために駆け上っていたが、我々はそれぞれのペースで山門に到着。トレーニング中の学生に依頼し集合写真を撮る。
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 弘法寺境内は広く「樹齢400年の枝垂れ桜」があり、満開時にはさぞかしと思わせるものであった。また境内には俳句を投稿する箱も設置されていた。
 弘法寺の本堂等の伽藍は最近の建築物のようで、古寺の厳かさは感じられなかった。弘法寺の南、石段を下ったすぐ左手に手児奈霊神堂がある。
 霊神堂への参道の入口に、手児奈の悲劇の理由や「山部赤人」高橋蟲麻呂」の歌を記した説明板があった。
 短い参道の左右に手児奈霊神堂の幟があり、堂には参拝の鈴と賽銭箱が」置かれていた。また境内には「勝鹿の真間の手兒名が奥津城を」と手児奈を詠たった石碑もあった。霊神堂のすぐ近くの日蓮宗亀井院の裏庭に、手児奈が水を汲んだと伝わる「真間の井」があり、見学
 亀井院を出て15分程歩き「郭沫若念館」に到着。
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 「郭沫若念館」の見学者は我々一行のみ。
 玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替える。  
 館長から次の様な説明を受ける。
①郭沫若は文学者、歴史学者、政治家であった。
②記念館は郭沫若が昭和3年から10年間市川で亡命生活を送った旧宅を移築復元したもの。
③中華人民共和国の幹部として日中友好に尽力したこと。
④日中友好条約が締結されたのは死の没後2か月後であったと等。
  記念館を見学後「じゅん菜緑地公園」に向かう。道は、狭く途中から一方通行になる。15分近く歩き到着。
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 じゅん菜池緑地公園は、昔はじゅん菜が多く取れた沼でありあったことから名づけられたとのこと。公園は細長い公園で、池の周りを遊歩道が囲んでいる。
 池は大きくわけて3つに分かれ、大半は普通の池となっている。池の奥の方に、水生植物が2区画に植えられていた。その1区画にじゅん菜が育てられていた。我々一行は公園を20分程度で一周。
じゅん菜池緑地公園を出て交番の前の急な坂道を上り、一方通行の道に入りしばらく行くと、松戸街道に出た。里見公園まで340mの標識があり右折。
 里見公園は国府台城址に造られた公園で城址や多くの遺構があるとのこと。時間の関係もあり公園入口から端を歩き「ばら園」と北原白秋の旧居を移築した「紫烟草舎」を横目に見て弘法大師ゆかりの「羅漢の井」の横にでる。
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 「羅漢の井」からすぐに江戸川に沿った散歩道がある。川面を眺めながら約15分歩き京成電鉄の国府台駅に16時頃到着。解散
 市川の駅を出てから郭沫若記念館で見学した10分程度を除き一切休憩なしで2時間を歩いたことになった。
 歩数は人によって異なるが、歩数計の表示は14000~17000であった。
                             (完)
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by tnagareyama | 2015-10-05 14:45 | 散策会 | Comments(0)
2015年 06月 16日

「築地界隈をめぐる」散策記(第71回)

                        ‘69年 文卒 菅原美代子

 朝起きると昨夜からの雨がまだ降っていて、私の天気運(くじ運も金運もないけれど天気運だけは良いのだ)も梅雨には勝てなかったかとがっかりしたが、出かける頃には殆どあがってホッとした。
9時40分、柏駅に11名(うち女性2名)が集合し、品川行き直通常磐線(このごろは便利になったものだ)で新橋まで行く。 40年前に通っていたころとは様変わりの新橋駅に驚き、駅前の電通ビルの46階から浜離宮や築地市場を見下ろした時には、浦島太郎になった気分だった。
 
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 浜離宮では無料でガイドUC(ユキビタス・コミュニケータ)を借りて、それぞれのポイントで自動的に説明が始まるのを、感心しながら聞き、花菖蒲やアジサイがところどころ咲く庭を一応斜め横断的に歩き(折角借りたUCはあまり活躍できなかった)、「中島のお茶屋」でおいしい和菓子とお抹茶をいただいた。 久しぶりのお抹茶がおいしかった。
 次にほぼお隣の築地市場に行き、お買物などを楽しんだ。 今日はちょうど近くの獅子神社のお祭りで、築地市場内でも祭囃子が流れていて祭り気分も同時に味わえた。 獅子舞を神社でしているのではないかと買い物もそこそこに見に行ったが、巨大な獅子頭が神社脇に鎮座していただけだった。 
 私事だが、今、習っている篠笛が祭囃子で苦労しているが、聞いていると調子が良くていいもんだなー、早く自由に祭囃子が吹けるようになりたいものだと思った。 市場はウィークデイだというのに人であふれていたが、お昼は少し離れた「鮨江戸時代」というお寿司屋さんでゆっくりお寿司を楽しんだ。
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  昼食の後は築地本願寺を参拝、古代インド仏教様式の立派な本堂に参拝、ちょうど若いお坊さんの朗々としたお経も聞けて、散策会の終りはとても心落ち着く場所だった。
 今日は榎本さんに色々おぜん立てをしていただき、とても楽しい一日だった。 今夜は買ってきた卵焼きや焼きエイひれなどで主人とお酒を楽しもうと思う。
 ありがとうございました。
                                (完)
(写真集)
(電通ビル46階より俯瞰した築地市場と浜離宮)
 
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(浜離宮庭園)
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(築地市場)
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(鮨江戸時代)
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       (以上)
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by tnagareyama | 2015-06-16 09:28 | 散策会 | Comments(0)